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2015年1月16日 (金)

(半分)実話怪談その1

(半分)実話怪談その1

 やせるドットコムをすみからすみまで読んでいる読者の方は、ああ、これか!と思われるかもしれないが、これはpodcastの「血液型Zone」さんに送った怪談であ~る。

 まあ、もとは、稲川淳二先生の「冬の怪談」で2位をとった怪談なのです。それでは、はじまりはじまり~。

 夜中にガバット起きて、記憶の底に入れていたはずのものを急に思い出してしまうことがないだろうか。

 これは、友人の浜田の奥さんから聞いた話である。

 奥さんによると、いきない浜田が夜中に、「じゃー」と叫んで布団を跳ねのけたらしい。ハァハァ言いながら、「思い出したー!」と言ったまま、その日はそのまま朝まで起きたままだったようだ。

 奥さんによると、彼が思い出したのは実家にある金庫のことだったらしい。その金庫は、浜田の母親の為に買ったものだった。浜田の母親は40歳の夏に病気になり足が不自由になっていた。父親は貿易船の船乗りだったので年に1ヶ月くらいしか帰ってこない。

 歩けない母と、男と言っても中学生だ。浜田は、家の大事な書類を保管するために通信販売でみかん箱くらいもある重い重い金庫を買ったらしい。

 その金庫は、4つの番号のダイヤルで開く仕組みになっていて、浜田が高校生の時までは、いつもその金庫を利用していたのでダイヤルの番号は暗記していたようだ。

 しかし、大学に通うために実家を出てからは、ダイヤルの番号どころか金庫の存在すら忘れてしまったのだ。

 そのまま20年、母親が65歳になった時には、浜田は田舎を全く離れ都会のマンションを買って結婚していた。

 船乗りだった父親も65歳ですでに定年を迎え、四六時中家に居るようになっていたのだ。

 さて、眠れず迎えた朝に浜田がすぐに実家に電話を入れてそうだ。奥さんは電話の様子で何が起こっているのか分かったらしい。

「おやじ、家に金庫があったよね。あれ、どうなった」
「あれか、何回か開けようとおもったんじゃが、番号が分からんじゃが。お前、番号は何番か知らんのかい?」

 思い出せるはずがない。

「忘れたなー。まあ、ええわ、おやじ、今は都会では金庫を1万円くらいで開けてくれる金庫開けのSOSサービスがなんぼでもあるから、今度実家に車で帰った時にSOSに金庫もっていくわ。それよか、家の権利証なんかは別に持ってるやろな」

「大事か書類は、手もとにあるから心配するな。あの金庫はもう要らんから番号が分かったら中古屋にでも売ろうかと思とるんじゃ」

 開かない金庫、実に気持ちが悪い。その夜、また、浜田は夢を見たそうだ。

 小さな赤ちゃんが。金庫の中に入っていてミイラになっている夢だ。「赤子が~!」と叫んでまた、ガバっと起きてしまったようだ。

「今年の正月は家に帰って、金庫開けサービスにでも持っていこう」

 浜田は奥さんにそう言った。まるで、忘れられ20年以上も置いてきぼりになっているだろう金庫の中身に懺悔しているように。それもそのはず、何か両親に迷惑をかけるような何か大切なものを入れていたのようで胸騒ぎがして、気になって気になって仕方なかったようである。

 仕事納めは12月28日だった。12月29日浜田は、700km先の実家まで車で向かった。浜田の奥さんはイベント会社に勤めており年末の年越しパーティの世話人になっていたので、浜田一人で帰っていったらしい。

「居眠りしないようにね、途中のサービスエリアで何回も休むのよ。」
「分かった。」

 それが、奥さんと交わした最後の会話だった。

 浜田は、瀬戸内自動車に入ったすぐの地点で大事故を起こしたのだ。氷雨が降っていた。時速140kmで飛ばして、タイヤがスリップしてしまったのだ。くるくると回転し、ようやく止まった所に、大型のダンプカーが乗り上げるようにぶつかってきたのである。ダンプの運転手は片足を骨折して外に放り出されたが、浜田はダンプカーの下敷きになりしかも車が燃えて炭になってしまった。

 警察は、浜田の持っていた焼け残った免許証の現住所に電話をかけた。イベント会社の奥さんは仕事先に泊り込みで仕事をしていたので連絡が取れなかった。そこで、免許証の本籍地に電話をしたようである。

 浜田の父親が出た。父親は息子の事故の知らせにびっくりして。すぐに近所の親戚の車で遺体のある病院まで向かった。父親は病院から浜田だった炭を引き取った。

 父親は遺体である炭と一緒に家に帰ってきた。
 帰ると歩けない母親が放心状態で玄関先にうずくまっていた。

「金庫なんかどうでもよかったのに。金庫金庫言うて、無理して帰ってこんでもよかったのじゃが~」

 父親は年老いた自分よりも先に逝った息子に嘆いた。

 さて、物語はこれで終わりではなかった。遺留品の中に車の焼けたナンバープレートがあったのだ。警察署で廃車手続きをとってくださいと渡されていたのだ。そのナンバープレートは黒くひしゃげてようやく番号だけが分かった。

 それともう一つ、あの金庫が開いたのだ。浜田が強く開けたい開けたいと思っていたので、父親が金庫開けサービスをわざわざ都会から呼んで開けてもらったのだ。何か重要なものがあったかもしれないと思い。

 ここで、奇妙なことが3つ起こった。ひとつは、ダイヤルのキー番号が浜田の事故車のナンバープレートの番号と一致していたことと、もうひとつは金庫の中には1枚の紙切が入っていたのだ。

 金庫とはいえ、20年以上も前の紙である。古びて少しかさかさになっていた。でも、その紙には確かに若かりし浜田の筆跡で文字が書かれていた。

「お母さん、お父さん、燃えつきてしまってごめんなさい」と。

 そして、3つめである・・・・・・、浜田のへその緒が箱にいれられ、金庫の中にあったらしい。自分が入れていたのだろう。炭にならず、唯一残った浜田のDNAなのだ。

 浜田の奥さんは、葬式で、ここまで話して、ワンワン泣き出した。

 半分実話の実の部分ですが、やせるドットコムの実家には、まだ開かない金庫があります。30年以上何が入っているか分かりません。とても気持ちが悪いです。

 

 瀬戸内とありますが、あれは九州自動車道です。私は死んでいません、でも、私が実家に帰るまでに、たいてい2件は事故があっています。高速道路上に散乱する「死体」を見たこともあります。そんな風景を思いながら創作しました。

 

 多分、家の金庫には何か入っているでしょう。何が入っているか、近々開けてみます。

 

 はぅあ!

 

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