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2005年1月11日 (火)

あぱっれ井上康生!

 今日は、新聞記事をメンタルタフネスの観点で読んでみたい。

 ご存知の通り、2005年1月9日の柔道、嘉納杯国際大会の100キロ超級で井上康生選手が優勝した。康生選手と父親のインタビューを見るにつれ、「親子鷹」という言葉が私には浮かんできた。

 さて、2004年のアテネオリンピックで井上康生選手は敗退をしメダルを一つも取れなかった。当時「まさか」と言われていたが、私は「やっぱり」だと思っていた。

 その理由はメンタル面にある。シドニー五輪の柔道男子100キロ級で金メダルを取った後の2001年の嘉納杯国際大会を彼は欠場したのだ。原因は、心臓神経症である。この報道を知って、私は非常にびっくりした。競技では世界一となったオリンピック金メダル選手でもメンタルイルネスになるのだと知ったからだ。

 心臓神経症と聞いて、心臓の神経が悪い病気だと勘違いする人も多くいるかもしれない。この病気は、例えば左軸偏位のように心電図に何か器質的な異常がでるかといったら全くそうではない。気持ちの中で「心臓が止まるかもしれないという不安を持っている」だけの病気であるのだ。

 スポニチ2001年8月2日の記事より。

 心臓神経症はいわゆるパニック障害である。

 日本では、パニック障害は、かつては「心臓神経症」や
 「不安神経症」と呼ばれていましたが、1980年に「病名
 を『パニック障害』に統一する」と、世界的な取り決め
 が行なわれました。

 済生会横浜市南部病院のホームページより

 そして、2004年のアテネ五輪代表の座をかけた全日本柔道選手権で鈴木桂治選手に破れている。

 スポニチ2004年4月30日の記事その1より

その時本人は、

 「何か執念のようなものが足りなかった。自分自身、気
 がついていても体が動かなかった。鈴木の方が勝ちたい
 気持ちが勝っていた。」

と、精神的に負けていたことを自らインタビューで答えている。

 スポニチ2004年4月30日の記事その2より。

 この時、私は井上康生選手は実はかなりメンタル面で弱いと思っていた。そしてその後のアテネオリンピックでの敗退があり、挙句の果てにはメダルを一つも手に入れることができなかった。正直、「やっぱりなー。」という言葉が頭に浮かんでいた。

 しかし、2005年1月9日である。見事井上康生選手は復活を果たした。

 スポニチ2005年1月10日の記事より

 さて、この復活が本物なのか、そうでないのか探ってみたい。

 オリンピックの敗者として晒し者になって本当のどん底を見たのだろう。その時彼の精神は、落ちて最後にたどり着く場所を既に知ってしまった。それは心臓が止まるかもしれないというメンタルイルネスに逃げ込むへたれが持つ根拠のない不安ではなく、期待を背負っていたが負けたという事実、父親が国民の前で土下座をしたという事実だったのだ。後はそこから這い上がるだけである。プールも深さが分かれば不安はなくなる。事実が根拠のない不安とくらべいかに深かったか知ったはずだ。しかも、右大胸筋断裂しても戦い続けた。彼は強くなっている。あっぱれである。

 たとえ、インタビューで涙を流したとしてもだ。

 「泣くな、井上康生選手!。まだ早い、北京が待っている。」

 復活が本物であることを、北京でも証明して欲しいのだ。

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コメント

こんばんわ。
井上氏、良かったですよね。
オリンピックの時の顔は?と私も思いました。
ところでt-baby様、
メンタルイルネスとは違いますけれど、
まだ真面目にトレーニングしてから4ヶ月程で、百年早いかも知れませんが、
最近「トレーニングってかなり孤独な作業だな~」と感じることが多いのです(昼間のジムはフリーウエイトでトレしてる女性は殆どいない)。
イメージ(割れた腹筋とかniceなbodyとか)が
大切なのは理解出来ますが、
挫けそうになる時があります。
t-baby様もそんな時期がありましたでしょうか?

投稿: nice-body | 2005年1月11日 (火) 22時03分

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